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紅人会代表のBLOG

佐賀県佐賀市の学習塾紅人会|kojinkai代表によるブログです。受験のこと、教科のこと、学習のこと、塾の日記、代表の日々などを綴ります。

国語読解において辞書を引く意味。

 新中3で扱っている問題集は記述が難しい。実力テストで満点を取ってしまうくらいの生徒をウンウンと唸らせるほどの難易度だ。しかも、その唸るほどの問題が小学6年生の問題集であるというから面白い。

 

 先日、「青ざめる」という表現からどんな心情が読み取れるかという問題があった。基本的に、何か大きな失態をおかしてしまって動転するとか、病などで血の気が引くとか、そんな意味に取れるのだけれど、今回の記述においては”見たことのないものを見て驚き興奮する様”という意味での運用であり、その用法を知らなかったことから全員の記述がブレブレになっていた。

 本日も、「心がもぞもぞした」という表現からの心情読み取りだったのだけど、そのもぞもぞっていうのが何かっていうことがうまく表現できず、生徒たちも記述に手間取っていた。もぞもぞっていうのは、辞書を引いて改めて”落ち着かない様”であるということを確認した。この辞書的な意味を確認した後に記述問題に取りかかったが、実によく要素をピックアップして書けていた。

 

 文章からの心情表現で最も重要なのは、実際主人公の行動とか発言とかよりも、こういった生徒たちにとって意味が捉えにくい言葉の意味の理解にある。国語で辞書を引いたのは小学生以来だとか、中学校でも辞書を引く機会があったけど、ちゃんと分かろうという意識ではなく、ただ項目があってそれを調べていただけだったとか、そんなことも耳にすることができた。国語にとって必要なものは指導者にとっては把握しやすいが、それがどう必要なのかが生徒たちに認知されにくい教科であるとも言える。

 

 小説の内容に入ってからは、こういった心情表現の言葉について正しく認識するために辞書を引くように指示を出すことが多くなった。基本的に生徒たちが100字クラスの記述に取り掛かる時は、ホワイトボードに”●●の意味とは?”と書く。これは、書き始める前に調べろっていう指示だ。大体わかるじゃダメだ、書く時に迷いが出る。絶対に迷いなくこれが正しいと確信するためには、意味調べは必須なんだ。

 

 細かいことを言えば、国文法もかなり重要だ。副詞のうち、強調の意味は大体記述では外せるし、”など”といった助詞を含む文は具体例を導くから抽象化しないといけない。”も”とか”や”を含む文章は並立だから、片方だけをだらだら書くのでなく、前後を抽象化しながらぶっこんでいく必要がある。片方だけで字数を消費する場合、後を書かずに減点されるとかいう初歩的なミスは国語を全くわかってない生徒に多い。また、もっと簡単なことを言えば、設問の中に主語がなければ記述において主語を補わなければいけない。そんな説明にいちいちハッとしているくらいだから、実際この子らの点数は理論によってではなくセンスによって為されていたのだということは、全生徒を指導している中で気づくことだ。これは、設問が平易であったり、記述が15文字とか30文字程度であると気付きにくいことだけど、長い記述をさせてみると何が捉えられていなくてそのミスが導かれているのかということがクッキリと輪郭を伴って見えるものだ。

 

 国語科を得意科目と認知している生徒の価値観をぐらりとさせ続ける数十週間は、必ずこの子たちの表現力とか説明力を磨いていくと確信している。そして、昨今のテーマは常に、曖昧な言葉だと直感した時点で辞書を引いてみるということだ。次の実力テストで国語科が満点になる生徒が出てくることに期待している。センスだけで押し通してきたものについて、しっかりと考える道具を武器として持ち、組み立てて解いたという実感を伴って解けるように、今のありとあらゆる記述指導が存在している。

 

 ちなみに、さりげなく記述以外の項目が全員さらりと満点になっている。そもそも書いてくれているという点で選択肢問題とか抜き出し問題とかはかなり簡単であるということに気づき、これまでしょぼいミスがあったりもしたけど、瞬間的に解けるようになってきて安定感が出てきた。

 

 国語は、答えがないとかいう人がいるけど、実際は答えはちゃんとある。数通りの表現方法があるにしろ、意味は一貫しているのだ。理屈を積み重ねていくと、それがちゃんと分かるようになる。まあ、今はまだ小学生教材の最難関を解いているというだけで、中学レベルの最難関はまだまだ先の話になる。ただ、公立入試の国語科は簡単すぎる。例年過去問を見ているけど、これは絶対に満点を狙っていける問題のレベルだし、通っている生徒たちの実力からすれば、これは満点になるか1問ミスくらいでおさまらないといけない。少なくとも今通う生徒たちの次元はそのくらいの域にある。

 

 そして最後に。「俺は模範解答のこの部分の表現は改善の余地ありと思ってるよ。最も良い表現であるとは思えないんだけど、君たちならどう考える?辞書をいくら引いてもいいし、どれだけ時間かかってもいいけど、本当に主人公が考えている心情ってその言葉でしっくりくるの?俺は、”恥じる”より”反省する”の方が合うと思ったけどね。恥ずかしいっていう感じには思えないな。それより、この自分の失態についてどうしよう、相手に対して自分の思い違いをどう謝罪すればいいんだ?っていう”動揺”もその反省の上に乗っかってきているし、実際かなり複雑な心情で何がしっくりくるか俺も言葉を決めかねてるよ。受験期も真っ盛りになるかもしれない時期に、改めてこの文章を読み直してみるといい。きっと落ち着いて、静かに当時の気持ちに立ち返ってまた新たに考えることだってあるだろう。本当にその言葉でよかったのか。将来、そんな議論を高校に行って友人と交わせるようなハイレベルな学びができるといいね。」

 

 国語科は、静かな時間です。みんなが全力を持って言葉を選び、取捨選択し、最もよい表現を探しています。