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紅人会代表のBLOG

佐賀県佐賀市の学習塾紅人会|kojinkai代表によるブログです。受験のこと、教科のこと、学習のこと、塾の日記、代表の日々などを綴ります。

すごいパパとその娘さん。

2017 中学生 日記

 私が8日間悩んだ末に解いた問題を、生徒のパパは40分で解いてしまったそうで、生徒からそんな報告を受けました。附属の新中2、新中3トップの子も解けず、致遠館の新中2の数学が得意なグループも解けず、生徒の知り合いの界隈でかなり賑わっていた問題でしたが、まさか40分で解いてしまうとは。しかも、私とは異なる別解であり、その解答痕を見せてもらいましたが、実に鮮やかでした。さすがは理系の大学の先生といったところで、あ〜、こういう補助線もありか・・・と考えさせられました。

 

 私はその問題に対して補助線として円を作図して、直径利用からの二等辺三角形の発見という方針で解いたのですが、パパはある点から真下に線分を引いて合同証明をした後に求めており、これもいいな〜とその鮮やかさに感動しました。というか、子どもが解いている問題に40分も付き合ってくれるなんていいお父さんだな〜と、その点についても感動したわけです。子どもさんは、私の解法とパパの解法を見比べながら二重の意味で学びを得たわけで、楽しそうにその問題についてお話してくれました。当の本人はまだ自分なりの解法を見つけてはいないため、もっと別解はないかと考えてました。

 

 もともとね、このご家庭からのご依頼は「言われたことしかしないことが心配で、勉強に対する主体性をつけてほしい。」ということで承ったわけですけど、そもそもこの子はかなり主体的であり、勉強の機会を求めているような節がありました。私も親御さんも通塾2週間くらいが経ってその事実に気づいたわけであり、そりゃあもう水を得た魚のように学習をしているわけです。

 

 「俺は授業でしたいことあるから、君のしたいことはほとんどしないよ。通った以上付き合ってもらう。ただ、君に発見とか気づきが必ずあるように、得意なことでもこんなことが分かっていなかったってひっくり返してみせる。”分かっていること”なんて実際はほとんどないんだよ。いつも、自分の意識の外から、実際はこうだったって言ってひっくり返される面白さを好奇心に変えて、全教科を楽しんでほしいね。君の全てをひっくり返せたら、俺の勝ち。俺は勝ちに行く指導をする。俺は君より経験してきた期間も長いし、”分かってる”からね。俺は面白いよ。でも、まだそれくらいじゃもっと向こう側の面白い指導を引き出すことはできないね。君が分からないことは、俺にとっては普通で平凡すぎる。実際自分で勉強し直してすぐ分かるようになったことばかりだったんじゃないの?もっと指導者にプレッシャーかけるくらいやってくれないと困る。」

 

 今日は、香山リカさんがインフォームド・コンセントの批判を行っている文章を読んで、インフォームド・コンセントって実際どうよって話で随分議論しながら、「彼女がいうように、実際塾とか学校みたいな教育現場にもインフォームド・コンセントの流れがあるかもしれないね。こんな方法で指導するからって予め保護者の方に伝えて、その方法・システムが合わなかったら別の場でカウンセリングのようなものを受けて云々みたいな流れ。保護者の方にはそのシステムに関する情報がないから色々駆使して調べるけれど、それが与える側の本質に対する理解にまで到達することはあんまりなさそうだよね。そして、システムの責任にすれば、主体はどこにある?誰が責任を取るわけでもなく、じゃあ誰が苦労するのだろうかね。情報だけ与えて判断を相手に委ねるっていうのはずるい考え方だっていうのは香山リカさんに同意するね。俺は、俺がこうしたいしこうすべきだっていうことは必ず伝えたいけどね。それは彼女が批判するもう一つの父権制に近いものかもしれないけど、うちみたいな小さい場所はそれでも突っ張ってないと面白くはないからね。これはポジショニングの問題。父権制も、例えば教育業界で、すぐに乗り換え可能な環境であるから成り立ちやすい考え方なのかもしれない。だから、君たちとかお父さんお母さんの共感が得られるかが入塾基準であって、俺は俺の正しさを曲げないし、突っ張るよ。それが面白いと思うし、この場所にいて思考とか価値観が揺さぶられるから君たちは通ってんだよね、多分だけど。」って話をしました。

 

 彼女は、ウンウンと頷いたり、ウーンと考えたり、実に様々な表情を見せます。一つを私が喋るごとに目まぐるしく思考しているのがよくわかります。きっとまたこの数カ月で激変しているでしょう。面白い子です。日々この場で感じる全てに意味があると思えるような学習をしてくれていれば幸いなわけです。

 

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バイブル。

2017 高校生 日記

 リーサル・ウエポンを使用して数学を学んでいた生徒の一人が高等部に残って学習をしています。春休みも学校の数学の課題をしにきたりしてくれております。が、その数学の課題が難しくてですね。展開と因数分解のところまでですけど、高校内容を含んでいて、しかもなんか妙に難しいんですよね。その部分だけレベル設定を誤っているとしか思えません。しかも、解答は”写す人がいるから”と学校で回収されており、解いた問題が正答しているのかいないのかも確認できず、問題集の端から端までちゃんとできているのかすぐに検証したい子にとっては大問題なのですよね。

 

 まあそれはいいとして。

 

 彼は現在数学は白チャートを使って学習をしています。高校から配布された問題集は大いに高校内容を含んでおり、解けない問題があるたびに色々言うんですよ。難しすぎるとか。できないとか。だから私は言いました。

 

 「君にもたせたその分厚いやつ、なんのために渡したと思ってるの?それは解き方のほとんど全てが載っていて、君はその書を手に取ればあらゆる問題の解法を検索できる。それは君の”バイブル”なんだよ。リーサル・ウエポンが君にとっての武器だったとしたら、白チャートは君が彷徨った時にいつも帰ってくる場所さ。”バイブル”。いいネーミングじゃね?ピッタリ。俺、ネーミングセンスは抜群だと思うよ。そいつ、大切にしてやりなよ。」

 

 たまたま色も白かったから、今回私は白チャートを”バイブル”と名付けました。何か分からないとか言い始めたら私はすぐに「”バイブル”。」と号令をかけます。青チャート以上のレベルの問題は、高校3年になってからさせます。とにかく高校2年生までの数1A2Bまでは徹底して白を隅から隅までやらせて、文字面だけでなく本質的な意味でこれを彼のバイブルへと育て上げる予定でいます。

 

 もうこの際問題集に全部名前つけたろうかと思ってるほどです。それくらい一冊を可愛がってやるから実力もつきますしね。

 

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助詞に注意する国語読解。

2017 中学生 日記 国語

 記述で減点される一例として、並立の関係の見落としがあります。

 

 「・・・。また、・・・。」

 「・・・も・・・も」

 「・・・や・・・」

 

 みたいなやつです。特に後二者の、助詞を含む文章の記述においては、並立している文の前半だけで字数の7割くらいが埋まってしまう場合があるため、前半だけ書いてあとはダラダラ字数を伸ばすとか、そういう解答の不備が結構見られるということに気づきます。

 

 並立の関係というのは、その前半部分も後半部分も同等の価値があるとみなされ、両者とも必要な要素として説明されています。ゆえに、記述でこの助詞や接続詞が見られる場合は、必ず前半後半の両者を説明に含めるように抽象化しなければなりません。これも、解答方法を明確に技術として心得ておかなければ、時々正解し、時々間違うなど、国語の成績にムラが出てくる一因ともなるわけです。

 例えば、前半だけで4割くらいしか埋まらないような抽象化を必要としない文であれば後半も含めて書くと考えられるため、難度の低めの同傾向の問題ならば正解しますし、文章の難易度が高かったり、そもそも解答の中心文を結構抽象化しなければならなかったりすると、途端に正答率が下がります。これは、理解というより解答技術がないということなのです。国語も他の教科と同様、苦手なパターンの問題をこうやって技術的に理解していくことによってムラのない点数を取っていくことが可能なのです。

 

 そして、ほとんどの場合このような解答を作ってしまう生徒さんは、国語の文章の品詞分解ができないケースが多いです。日常生活には支障はないでしょうけれど、より高度な文章を相手に正確に読みを深めようとするならば、助詞の取り扱いに目を向けるということは必須条件となります。だから、あえて中心文を一つ一つ品詞分解して、本質的にはどのような意味が各部分に存在しているのかということまで細かく指導することもあるのです。

 

 自称国語が得意、な生徒ほど感性による理解が相当助けている部分があって、実際は技術が伴っていないというケースも多く見られます。ちなみに、この学年には実力テストの国語で満点を取ってしまうほどの猛者もおり、前回の集団指導の生徒の国語の平均点は46点ほどです。ちなみに新中2も国語の実力テストの平均点は45点ほどです。新中1もおそらく初回実力テストの平均点は47点くらいになるだろうと推察しています。当塾、ここ最近は国語が得意な子が比較的多いのです。しかし、それでもなお国語科指導を要すると私は考えております。80字や100字クラスの記述をさせればすぐにほころびが出てくるくらい曖昧な技術で国語に取り組んでいることは問題集を解きながら明確に分かるからです。

 

 数学や英語なんて、きっちり教科書を読んで理解し、問題集を質問しながらでも解いて反復していけばおおよそできるようになっていく教科ですから、そもそも解答を読む力とか分からないことを調べる能力とかを養っていけば大抵うまく運んでいくものです。1年間も時間があれば、レベルにあった問題集を渡してある程度ほったらかしていても結構伸びます。数学英語は時間がかかりますが、問題集をしっかり選定すればある程度のレベルまで独学も出来るのです。しかし、国語はそうではない場合が多いのです。解説に反映されないもっとしっかりとした技術的な指導を施してあげる必要性があり、単に間違った解答を赤で直して納得した気になっていても絶対に伸びない。プラスにもマイナスにもならないのです。

 

 さて、そんな当塾の国語科指導。どんな教材を使っているのかといえば・・・それは小学生用の教材なんですね。中学受験教材。文章問題しか載っていないやつです。中1と中2は5年生用、中3は6年生用の教材を使ってるんですよ。古文・漢文は載ってないのですが。しかし、附属生や成穎の生徒は「普段解いてるウイニングよりずっと難しいしやりがいもある。」と言ってます。相手は小学生用教材だから、絶対に出来なければ恥ずかしいという気持ちと、実際この問題はかなり難しいと認める気持ちが交錯し、いい緊張感で問題に取り組めています。「将来小学生相手に指導する仕事をする人もいるかもしれないけど、高いレベルになればこの教材だって小学生相手に指導しなければいけないケースもある。だから、小学生に教えるためにはどんな考え方が必要なのかということも考えて解答に取り組んでほしい。」っていう動機付けの仕方もあります。

 

 まあ、国語指導はかなりつよい塾だと自負してますので、得意だと自信をもって言える子のチャレンジも楽しみに待ってます。

 

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意味を理解するプロセスとしての指導。

2017 小学生 春期講座 日記

 新5年生の春講座は、国文法と算数の計算講座。割と長い時間を取っているのに、やる内容がこれだけということもかなり目的を絞った講座でした。

 

 国文法は、主語・述語・修飾語の完全理解と習得を目指しました。今日は特に、述語とは何かという定義の話と、述語の分類の講座がメインでした。述語には、体言+助動詞のパターンと、用言(+助動詞)のパターンが存在します。体言はすぐに分かるのですが、用言は3パターンあり、一つ一つ具体例をあげ、発問をしながら深めていきました。

 

 「人間は、”起きる”と”寝る”の間にどんな動詞を使うような生活を送っているだろうか?例えば、”起きる・食べる・寝る”だけで人間の生活は説明できるだろうか?」

 「”呼吸する”もあるし、”見る”もあるし”噛む”もあるし、”飲む”もあるし、”動く”もあるし、・・・なんか考えてたら本当いろんな動作をしてるなぁ。結構生きるっていうのは忙しいなぁ・・・。」

 「起きてから寝るまでに一体幾つの動詞で説明できるような行動をとっているのか、考えて見るのも面白いかもね。今回は自分とか私とかを主語として分かりやすくしたけど、主語を説明する言葉を述語っていうんだ。」

みたいなね。

 

 そんなこんなで用言の個別の品詞を片っ端から説明する文法指導を70分したのちに算数15分。小数の性質から。あまりに簡単すぎてほとんど授業不要だった故に、残り時間は演習問題。教えてないけど、4年生の単元からの連続性で全員例題指導ほとんどなしに理解していたので、振り回しの例題をこちらで構築して3問だけ発問すれば成立しました。

 

 新5年生は、計算の領域をさっさと仕上げてしまい、その後整数問題、幾何に回った後に数量関係の領域を扱うという特殊なカリキュラムを組んで、夏休みまでに全領域を終了させ、残りの2学期以降の期間を文章題対策と幾何の応用問題に回すという段取りにしています。これまでの学年は、軽快にガンガン進んでいくスタイルをとってましたが、この学年はかなりずっしりとした基礎積みを重視してカリキュラムを作りました。もっと速かったんですよ。宿題も多かったですし、それでもついてこられていましたから。しかし、別に今の学年の子たちがそれに耐えられないということではありません。この学年はそういうカリキュラムで行こうと決定したにすぎません。

 

 コンセプトは明確です。例えば、「0.4×3は0.4を3回足せばいいし、4年生の学習内容で言えばそれで良かったと思う。俺だってそう教えたしね。しかし、3×0.4は、3を0.4回足すっていうことでいいのかな?君たちは教えてもいないのに答えは出ていたから、まあそれでもいいっていう考え方もあるけど、実際はただ交換法則を使えばいいって思ってるだけだろう?式の意味についてもっと考察して、どう考えたから答えが1.2になるのかということをもっとちゃんと理解したほうがいい。その考え方に発展していくためには、一つの方法として0.1個とかいう発想に至る必要がある。3の0.1個分は10で割ればいいから0.3で、それが4個だから1.2。これだったら成り立つんじゃない?個数で考える発想にあった考え方だと言える。0.4は0.1が4個分だと先の例題で考えたはずだから、そこから応用するといい。あるいは、0.4個というのは4個を1/10にした数だから、3×4÷10としても成り立つはずだ。これは、結合法則と、÷10をすると小数点が一桁小さくなる方に動くという式の考え方に基づいている。すでに4年の時に5年の小数計算の筆算だけは軽く触れてたけど、筆算をするときの考え方はこれだね。考え方が結構あるんだよ。他にもあるから、次の授業で色々紹介していこう。」小さいことをめちゃくちゃ議論する。もう分かってるから問題解きたいっていう気持ちをグッと我慢させ、”あれ?どうやるんだっけ?”と立ち返ってもらう発問をし、解決策を構築してもらう。

 

 はっきり言って、これは真っ新な生徒だから成り立つ指導でもあります。何か妙に知ってしまうと、どうせ答えは同じになるからどっちでもいいっていう考え方に至ってしまい、その式が答えに結びつくための根底的な意味づけにまで到達しない場合もあるのです。だから、うちの塾には向き不向きがあります。分かってないのに分かった感じになって微細な事柄への説明を無視したりするようならば、授業を受ける価値が半減します。できるだけ真っ新で、素直であるほうがいい。実際前者は割合的な思考をする時に大いに役立つことになるし、無視できる解法というのはないのです。前者のような計算方法を無視した場合、割合は大抵苦労します。掛け算と割り算が逆になったりしてね。個数感覚と計算が意識の中でリンクしておらず、字面とか謎の法則性とかで捉えようとする点で欠点が生じてしまうこともあります。

 

 この学年は、うちの塾が初めての塾という子も多く、こんな小さな計算式の意味についてもしっかり議論しようという意識がありまして、何事も安易に捉えず、深めようという考え方が成り立っていて安定感があります。「楽しかった!」の言葉と、実際にできているという事実だけでだいぶ満足です。まあ、敢えて大手の早回しカリキュラムを選ばず、私の独自カリキュラムを選択したグループとして、何事も100%理解と、その道具を使っての文章題や幾何の特訓を楽しんでいきましょう。個人的には夏休みまではかなり地味な仕事が多く、生徒にとってもできることばかりで割と退屈であることもあるかもしれませんが、基礎がしっかり体にしみついた状態で高速で中学受験教材に取り組むほうが絶対に楽しいですから、”分かる”を前提にした思考を楽しめるようにしっかり下積みを行っていきましょう。

 

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ひと皮むけた、新中1・新高1。

2017 中学生 小学生 高校生

 新中1の予習講座も大詰めにさしかかっています。正負の数の計算は一通り終えて、あとは練習問題、実力問題を再度解いておきたいところだけど概ね完成しました。どの学年もそうですが、学年のスタートアップの計算の領域は、絶対に反復学習を怠ることができません。ここでの出来が結構1年間を占いますので、是非ともできると思っていても、より速く、より正確に、式を何度も縦に並べて、1行1行に意味を持たせながら、精密な計算を心がけてほしいものです。計算のショートカットは、間の計算を頭の中で考えるということによって求めるものでなく、工夫によって求めるものです。だから、途中式を書かないということはただの怠惰であり、それによって高い能力があるという判断には全くなりません。正答しない方法に意味はないのです。それを素直に理解できるならば、そのあとの領域でつまずくことは皆無でしょう。

 

 力を入れていた英語は、もう教科書のどこを調べていけば良いかという視点がしっかり養われ、独学での予習が可能となりました。現在Unit3-3まで終了。春の間にPresentation1まで終わってしまう予定で、もう夏休みには一通り予習を終了させていくような段取りで計画しています。スマートワーク、ウイニングの進捗も順調そのものです。私立へ進学予定ですが、あとは私立の必修テキストとウィンパスで畳み掛ければ、英語は完全にロケットスタートを切ることができるでしょう。個人的には、これまでの学年では最速で、かつ最も英語が出来ている実感があります。教科書指導に入ってからは、何をどう調べるのかということ、和訳のチェックくらいしか私はしてませんが、多分今は英語が一番好きなんじゃないだろうかな?和訳は塾でやってもいいって言ってますが、これまでの全ての単元において、自分でやってきています。単語の意味まで調べた段階で、本文の意味がクリアーに把握されている証左です。どうせ5分くらいでやれてしまうと思った段階で筆が動いているのでしょう。その状態をずっと維持できるようにしたいものです。ちなみに、英語はこれまでにほとんど習った経験がない子です。早期に習う意味って、よほど高レベルでなければあまりないのかもしれません。

 

 

 そして、新中1の子のお兄ちゃんもすごく頑張ってます。新高1で公立中高一貫校に進学するということで、特に数学は早期に追いつけるようにと結構飛ばして白チャートをやりまくっています。公立進学の速習独学には白くらいが丁度いいですね。青だとちょっと端折りすぎていて難しいところがありますし、黄だと中途半端感があり。白は基本からじっくりやれる上に、解説がほとんど理解可能なので、ちょうど良かったです。どうせやるなら、スタートアップ段階だから全部できる問題集であった方が良かったです。展開・因数分解平方根・不等式まで終わってしまい、次が二次関数というところまできました。この子もほぼ独学でやってますが、多分受験期よりもはるかに勉強しているように思います・・・。ノートは1週間で1冊ペースで爆走してまして、現在高校準備講座2週間目で3冊目に突入。丁寧になやんだ問題の復習もすぐにやれています。受験期にしっかり自分なりの学習方法が構築できたようで、それが生かされているように思います。

 

 

 小学生が中学生になる、中学生が高校生になる、その節目の時期にいろんな生徒の想いや行動を見させていただくわけですが、やはりこの時期の変化は一番面白みがあります。何にしても、希望で溢れていて、こうしていこう、ああしていこうっていう未知に向かってあゆむ楽しさがあります。即現実に染まりあげるということも知ってるわけですが、それでも私はこの時期の子どもたちを見るのが楽しいです。

 

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鶏口牛後。

2017 小学生 中学生 日記

 この故事成語を批判する人もいるかもしれませんが、自分はそんなに批判的には見ていません。最終的に自身の手元から離して、自分の力で事をなして貰おうと考えるにおいて、精神が未熟な場合であったり、何が何でも下克上という精神がなかったりする場合、おおよそ鶏口牛後の故事成語のように、生徒の進路指導を促す場合があります。

 

 私は、しがない田舎の中学校に進学し、学年トップ3を争うメンバーに与していました。中学受験は塾の先生の意向によって行わず(まさに鶏口牛後の進路指導)、学校でトップクラスであるという時期を3年間経験しました(井の中の蛙です)。私には、勉強が好きという以外のモチベーションがなく、それで負けては折れるという精神的未熟さによる判断だったと思いますが、英断だったと今になってみれば思います。たとえ合格しても、気持ちが折れては意味をなさず、学年で中くらいの成績で宙ぶらりんになるくらいなら、田舎のしがない中学でトップくらいでちょうど良かったのです。

 

 もちろん、高校になって成績は奮いませんでした。しかし、その時には自分を割と客観的に見る能力が育っており、「私の立ち位置はかつてここではなかった。だから、今取り戻さなければならない。」と奮起できたのも、鶏口牛後の経験からのことでした。相当頑張りました。いや、頑張れたというのが正しいです。絶対的にトップグループであるためには、学習内容をどのように支配すれば良いのかを知っていたという経験、理解っていうのはどの程度の感覚をいうのか、ということや、しっくりくる学習方法を自分の中に編み出しており、だからこそ一気に自力で努力しきることができました。

 

 一度は何かを完璧に支配していたという成功体験って、必ずその後の学習方法を作っていくものです。人はどこからでも奮起して努力できます。しかし、成功体験がどうしても要ります。それは、受験をする際に、何一つ分からないという状況から始める時に、リーサル・ウエポンに取り組んだ彼らが数学を好きになっていくプロセスと似ていて、何かを理解したと頭で判断し、これが理解したっていう次元なのか〜って分かる、そんな経験から、その感覚に全教科を近づけていくような努力があったから、彼らもそのように努力ができました。

 

 鶏口牛後は、学校単体での位置付けという点でも、取り組む問題集のレベルという面でも、案外有益な視点だと言えます。もちろん、優秀で持て余している子は、どんどん上を目指しましょう。あくまでも、意識や能力にぐらつき、不安、不足がある場合に限った話です。

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理科実験「虹をつかまえよう!」

2017 理科実験 日記 小学生

 本日の理科実験は分光器制作。今日も楽しく実験することができました。夕方からは雨模様でしたが、午前中は光がさすタイミングが何回もあり、しっかり観察することができました。

 

 今日も1年生の子にご参加いただいていましたが、私が切る作業などをお手伝いして一番に完成しまして、すぐに塾の外へ飛び出してじーっと虹色を観察していました。それからも、また一人で飛び出していっては眺めて戻って来て、「あれ?いない?」と思ったらもう扉の前にいて、分光器越しに光を眺めているのでした。こんなに楽しんでくれると、企画した私も嬉しいです笑。

 

 子どもたちに、虹は何色に見えたのでしょうか?

 

 そのあと午後の小学生の授業では、「日本人は、虹が7色だと知っているから、7色に見えるんだ。」という論説が待ってました。わらじの時もたまたまでしたが、「確かに8色だって言われたら8色探そうとしちゃうかも。実際色の連続になってるから、何色なのかは分からないんだよね。」とかいう言葉も。いいタイミングでした。

 

 それにしても、また写真を撮りそびれるという・・・もう手に書いておかないと絶対に忘れてしまうだろうな・・・と^^;ラストは結局代表だけトホホな感じなのでした^^;

 

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